本は読んじゃいけない

最近なんか本読みたくないなーって日が続いてます。

本読んでてもあれ俺何やってんだろ。

これ読んで何になるの。とか思ってしまいます。

 

でもこれよく考えたら間違ってないかもしれない。

本読んだって何にもなんないし、究極的には意味ない気がする。

 

僕たちは小さいころから本を読みなさいとか親に言われて育ってきてるから

盲目的に本を読むのがいいことだと思い込んでいたけど、

読むことが究極の目的になってはいけない。

 

 

こんなことを考えていた時ふと思い出した言葉がある。

”読書は、他人にモノを考えてもらうことである”

”ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でモノを考える力を失って行く。”

という言葉だ。

今僕はこれを肌感覚で実感していて、深く考えようとしてもすぐに行き詰ってしまう

この言葉は思想じゃなくて真実なんだ。と思った

 

 

 

みんなも一回本読むのやめたほうがいいんじゃない?

勉強より大事なもの

最近、勉強より大事なものがあるんじゃないかという気がしてきた。

高校までの僕は学問とかそういう高尚なものに強く惹かれてた。

そんでもって洋楽とかアニメにはまってるやつとかばかじゃね?とか思ってた。

そんな時間があるなら本を読めよと。夏目漱石も読んだことなくて恥ずかしくないのかと。

 

今思うとなんでそんな頭が固くなっていたのかはわからない。

反抗期だったからみんなと同じっていうのが嫌だったのかもしれない。

 

大学生になった今大事だと思うのはまあ一般的にいう「遊び」に属するものだ。

カラオケとか漫画とかそれこそ音楽とか。

高校の時のめっちゃ洋楽詳しかった友達とかを今はすごい尊敬してる。

自分の好きなことにのめりこめているところとか。

でもこういう人って高校時代の僕に限らずすごいって思ってるやつはそんなにいないんじゃないかな?

何で勉強より遊びが大事かっていうと、そういう遊びの部分が人生を豊かにしてくれるんじゃないかと思うからだ。

 

三四郎の友達の与次郎もまさに勉強しか知らない三四郎に遊びを教えた人間だ。

僕ももっと早い時期に与次郎みたいな友達に出会いたかったなあ・・・。

三四郎~その3~ 夏目漱石

今回見ていくのは三四郎第1章の③です。

 

・登場人物

◦三四郎

◦男

 

・あらすじ

三四郎は女のことを考えるのをやめた。そして目の前に座っている男と話し始めた。この男の言葉を聞いた三四郎は熊本を出たことを実感する。そしてその晩東京についた。

 

解説

この場面では熊本の高等学校という小さなコミュニティに属していた三四郎が男(のち広田先生と分かる)にあって、広い世の中を知る。この後のストーリーの前触れである。

 

「大きな未来を控えている自分から見ると、なんだかくだらなく感ぜられる」という言葉からはこれから大学に入る期待感で胸が膨らんだ姿と、大学生という誇りによって傲慢になり人を見下してしまう若者の未熟な姿をよく表している言葉です。

 

この場面で何度も繰り返されるのは、三四郎が高等学校を出て大学に入ると知っても、男が大した反応をしないのをもどかしく思うという姿です。三四郎はそれだけ高等学校卒業や大学生であることに誇りを持っていて、他人に気づいてもらいたいのである。

 

僕が気になったのは豚の話です。豚は欲しいものの方に鼻が伸びて行ってしまうというのはもしかしたら日露戦争に勝って大陸に進出している日本の事を暗に仄めかしているのではないかと。これは僕の考えすぎかも知れませんがみなさんはどう思いますか?

 

男は富士山を指して「あれよりほかに自慢するものは何もない」と言ったり、日本を「亡びるね」と言ったりしています。この話は日露戦争後の国民意識が高揚している時期なので相当過激な発言だと考えられます。実際田舎の保守的な雰囲気の中で育った三四郎はこの発言に驚いています。

 

「いくら日本の為を思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ。」という言葉を聞いた三四郎は今までの自分は卑怯であったと評しています。これはどういう意味なんでしょう。これはつまり日本が素晴らしいと声高に叫んでもしっかりと客観的に見ないことには日本の為にならないという意味に僕は取りました。そして三四郎は日本を客観的に見ないでいた自分のことを卑怯といったのではないでしょうか。

 

 

三四郎~その2~ 夏目漱石

今回も前回に引き続いて三四郎の第一章を見ていきます。

◦登場人物

・三四郎

・女

 

◦あらすじ

しばらく女と車内で会話をしているうちに名古屋につく。女の頼みによって三四郎と女は同じ宿に泊まることになった。三四郎は女と同じ部屋に泊まることになり困惑するも何事もなく夜を明かし、駅で女と別れる。

 

◦解説

この場面は三四郎の特徴や性格、育ちをうまく描き出している場面です。

P8では「この時女の帯が初めて三四郎の眼に這入った」や「今度は正面が見えた」といったような表現があり、改めて女のことを意識して見始めているということが読めます。

三四郎がかぶっている帽子というのは高等学校のもので徽章を外したことで高等学校を卒業したことを表している。この時代の高等学校の生徒というのは今の大学教養課程にあたり社会のエリートと考えられていた。三四郎は九州なので熊本に合った第五高等学校だと思われる。しかしこの社会のエリートの象徴である帽子に対し女は「ただの汚い帽子と思っている」とある。つまり三四郎は高等学校の生徒であったことに対して自信を持っているが、女はそれに気づいていないというある種のすれ違いが起こっている。

 

宿に入ったのち、三四郎は「ちいと流しましょうか」と風呂場に入ってきた女に対し湯を飛び出してしまう場面や、布団が一つしか敷かれなかったために適当な理由をつけて女に背を向けて寝るといった場面でうぶなところを女に見せてしまう。すると別れの時にあの有名な言葉「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」をいわれてしまう。これに対して三四郎は「プラット、フォームの上へ弾き出された様な心L持がした。」

そしてP15L8~13では三四郎の頭の中は女のことでいっぱいになり、「23年の弱点が一度に露見したような心持であった」とある。当然この時代の高等学校に女性はいないので、三四郎は今までほとんど女性と関わったことがない。そのためこの経験で少し自信を失うというか狼狽してしまっている。

三四郎~その1~ 夏目漱石

今日から夏目漱石の三四郎を読み解いていきたいと思います。

ちなみに使っているテキストは新潮文庫です。

今日は第一章から。

ここは次の三つの場面に分けられます。

①一番初めから爺さんが出ていくまで(P5L1~P7L12)

②女との一部始終(P7L13~P16L5)

③男(のち広田先生とわかる)との出会い(P16L6~P24L12)

 

ではまず①を見ていきたいと思います。

 

◦登場人物

・三四郎

・爺さん

・女

 

◦あらすじ

・九州から出てきた三四郎が東京へ向かう車内での出来事。爺さんと女が話している      のを三四郎が見ているという状況で、爺さんが電車から降りてこの場面は終わる。

 

◦解説

爺さんについては田舎者ということと、息子が兵隊にとられて死んでしまったということ以外あまり分かることはない。三四郎が書かれたのは1908年のことであるからおそらく日露戦争のことだと思われる。

女の夫は呉で海軍の職工をしていたが一時戦争にとられて旅順に行き、戻ってきてまた大連に出稼ぎに行った。しばらくすると女のもとに手紙も金もよこさなくなったため女は仕方なく実家に戻ることにしたということが分かる。のちの場面から実家は四日市の方面にあることも分かる。

 

ここまでまとめてみてこの二人というのは日露戦争によって子供と夫という家族を失ったという共通点があることが分かる。夏目漱石日露戦争に対してどういう考えを持っていたのかはわからないのですがこの場面やのちの場面を読む限りいい印象は持っていなかったのではないかと思います。

 

あとこの場面では御光さんという人が出てきますがうるさいということ以外は特に分かることはないですね。

 

この場面についてこう思うとか考えることがあったら是非コメントください。