三四郎~その3~ 夏目漱石

今回見ていくのは三四郎第1章の③です。

 

・登場人物

◦三四郎

◦男

 

・あらすじ

三四郎は女のことを考えるのをやめた。そして目の前に座っている男と話し始めた。この男の言葉を聞いた三四郎は熊本を出たことを実感する。そしてその晩東京についた。

 

解説

この場面では熊本の高等学校という小さなコミュニティに属していた三四郎が男(のち広田先生と分かる)にあって、広い世の中を知る。この後のストーリーの前触れである。

 

「大きな未来を控えている自分から見ると、なんだかくだらなく感ぜられる」という言葉からはこれから大学に入る期待感で胸が膨らんだ姿と、大学生という誇りによって傲慢になり人を見下してしまう若者の未熟な姿をよく表している言葉です。

 

この場面で何度も繰り返されるのは、三四郎が高等学校を出て大学に入ると知っても、男が大した反応をしないのをもどかしく思うという姿です。三四郎はそれだけ高等学校卒業や大学生であることに誇りを持っていて、他人に気づいてもらいたいのである。

 

僕が気になったのは豚の話です。豚は欲しいものの方に鼻が伸びて行ってしまうというのはもしかしたら日露戦争に勝って大陸に進出している日本の事を暗に仄めかしているのではないかと。これは僕の考えすぎかも知れませんがみなさんはどう思いますか?

 

男は富士山を指して「あれよりほかに自慢するものは何もない」と言ったり、日本を「亡びるね」と言ったりしています。この話は日露戦争後の国民意識が高揚している時期なので相当過激な発言だと考えられます。実際田舎の保守的な雰囲気の中で育った三四郎はこの発言に驚いています。

 

「いくら日本の為を思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ。」という言葉を聞いた三四郎は今までの自分は卑怯であったと評しています。これはどういう意味なんでしょう。これはつまり日本が素晴らしいと声高に叫んでもしっかりと客観的に見ないことには日本の為にならないという意味に僕は取りました。そして三四郎は日本を客観的に見ないでいた自分のことを卑怯といったのではないでしょうか。